ループゲインのシミュレーション

ループゲインの測定回路

回路の安定性や発振条件を決定する特性にループゲイン(ループ利得)があります。ループゲインのボーデ線図は、電子回路の教科書に必ず出てきますが、実測やシミュレーションによって測定するためには、少し工夫が必要です。図1上段のようなブロックダイアグラムで表される回路では、回路Aの出力信号が、回路Bを通って、回路Aの入力に戻ってきます。例えば、オペアンプによる非反転増幅回路を当てはめると、オペアンプが回路Aで、抵抗R1、R2が回路Bです。信号がループを1周したときに、何倍になっているかという値がループゲインなので、Gloop=AB のように定義されます。

図1 ループへの信号源の挿入方法(上手くいかない例)

ループゲインを求めるためには、何らかの信号が必要なので、図1中段のようにフィードバックループを一旦切って、s信号源を挿入するように教科書には書かれていますが、この回路では、増幅回路の出力電流の行き場所(増幅回路の負荷)がなくなってしまうため、ループ利得の値が変わったり、回路が動作しなくなったりします。書籍によっては、図1下段のように、Aの出力電流をBに流すために、を利用する方法が紹介されているようですが、ループ内に余分な交流電圧が加わってしまい、本来の回路とは少し異なる動作条件となります。このため、図2のように、電圧信号と電流信号を別々に加える方法が提案されています。なぜ、この測定回路および計算法でループ利得が得られるのか説明するために、やや込み入った考察が必要になりますので、説明を割愛しますが、下記の文献に理論的な説明が載っています。理解するためには、電気、電子分野の学部3年生程度の知識が必要だと思います。

Middlebrook, R.D., “Measurement of Loop Gain in Feedback Systems”, Int. J. Electronics, vol.38, No.4, pp.485-512, 1975.

この方法を、反転増幅回路に適用した例を図2に示します。図2上段では、電圧信号、下段では電流信号を加えています。は、0Vの電圧源なので、無駄のように見えますが、電圧源ではなく、配線を流れる電流を測定する電流モニタとして使用します。オペアンプは、出力に大きな容量負荷を接続すると不安定になる性質があるので、容量性負荷の値をパラメータスイープして、ループ利得がどう変化するか調べてみましょう。

図2 ループゲインの測定回路例(実用)

LTspiceの操作手順です。

  1. 図2の2種類の測定回路を回路図エディタで入力する。ただし、Loop Gainの文字列と計算式はコメントなので、入力する必要はない。
  2. 入力信号の振幅を0Vにする。
  3. 測定用信号を回路図のように設定。ただし、DC valueは、0Vにしても、空欄でもよい。
  4. AC解析を実行。
  5. グラフウインドウを右クリックし、ポップアップメニューから、[Add Traces]を選択。
  6. Add Traces to PlotフォームのExpression(s) to add欄に、次のループ利得の計算式を入力して、OKボタンをクリック

((I(V5)/I(V6))*(V(OUT)/V(FB))-1)/(2-I(V5)/I(V6)-V(OUT)/V(FB))

位相余裕の確認

AC解析の結果は、図3のようになります。CL=10nF(マゼンタ)のカーブについて、1Hzおよび40kHz付近の位相(破線)を見ると、大体180°ぐらいになっていますので、負帰還が働いていることが分かります。しかし、1.4MHz付近を見ると、位相が0°となっており正帰還がかかっています。負帰還回路を設計したつもりでも、どこかに正帰還となる周波数があると、発振が起きる可能性があります。しかし、正帰還しても、ループ利得が1倍(0dB)よりも小さければ、信号が繰り返し増幅されることがないため、発振は起こりません。ループ利得の大きさが0dBのときの位相は、位相余裕(Phase Margin)と呼ばれ、回路の安定性を表す指標となります。位相余裕が0に近づくと不安定な回路になります。安定性の目安は60°以上です1。この例では、位相余裕が、少なくとも 90°以上あるため、安定性の高い回路であることが分かります。回路の安定性は、オペアンプの内部構成や周波数特性によって大きく変わりますので、位相余裕が小さい場合は、回路の工夫だけではなく、オペアンプを変更してみることも必要です。

  1. 外部から信号を入力したときに安定する条件であるため、入力信号がないときに発振が起こらない条件よりも厳しい条件となる。 ↩︎
図3 図2のAC解析の実行結果

離散時間回路のループゲイン

小信号近似によるSPICEのAC解析は、スイッチングや離散時間信号処理を含む回路には使えません。近年、電源回路や増幅回路などのアナログ回路において、高精度な離散時間信号処理による回路方式が主流になっています。これらの回路には、小信号近似に基づくAC解析が適用できないため、Transient解析(時間領域の解析)を用いて、ループ利得の周波数特性を評価する必要があります。Transient解析を用いた周波数応答解析については、次の文献の11章に示されているスイッチング電源の解析例が参考になります。

渋谷道雄著、回路シミュレータLTspiceで学ぶ電子回路、CQ出版社、ISBN 4274068501、2011/07.